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山とカレーと居酒屋をこよなく愛する生活
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今回は、堺屋太一さんの「歴史からの発想」を紹介します。前回の丸谷さんの本と同じ昭和61年に刊行されました。前回は日本の言語に対して警鐘を鳴らす作品でしたが、今回は日本の経済・社会に対して将来を予測する作品です。筆者はとくに日本に標準を絞って戦後の高度成長期と戦国時代とを比較し二者の類似性を見いだすことによって、これからの日本に求められるものを論じています。戦国時代は自由競争社会で、自由競争社会では織田信長のような秩序を破壊する雑草的バイタリティーが活躍しやすいとか、豊臣秀吉は意外と体制的で、秀長(秀吉の弟)という日本では珍しい有能なナンバー2がいたからうまく治世できたとか、いろいろと現代社会と結びつけて考察しています。しかし、まだ織田の隆盛を戦後の復興と対比させて考察するのはわかるとして、その後の豊臣の統一や徳川の幕府が現代とどう対応しているのか、自分にはピンときませんでした…
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今回は、丸谷才一さんの「桜もさよならも日本語」を紹介します。
この本は、Ⅰ国語教科書を読む、Ⅱ言葉と文字と精神と、Ⅲ日本語へらず口、Ⅳ大学入試を批判する、の4章立てで、Ⅱの内容が分量的には一番多くなっています。Ⅰでは、いま小中学校で使われている国語の教科書を取り上げ、分かち書き(「おじいさんとおばあさんがいました」を「おじいさんと おばあさんが いました」と書くこと)や交ぜ書き(「写真」を「写しん」と書くこと)をやめようと説き、子どもには読書感想文を書かせるな、詩を作らせるな、と著者の国語教育観を主張します。Ⅱでは、日本の国語改革を批判し、新仮名遣いを歴史的仮名遣いにもどすべきだとの持論を展開します。Ⅲでは、「~させていただく」という語について、その語法が上方で浄土真宗の教義から生まれたことを解説したうえで、近ごろ濫用されていることに嫌悪感を示します。Ⅳでは、タイトルどおり様々な大学の入試問題を取り上げて痛烈な批判を浴びせています。
このように、「文藝評論の読解にかけては、わたしはおそらく今の日本で最も能力のある百人くらゐのうちの一人だらう」と言い放つ著者が、いろいろな視点から日本語の乱れに警鐘を鳴らしています。とりわけ学校教育とマスコミへ鉾先が向くことが多く感じましたが、一般への影響力を考えれば当然でしょう。あらためて言葉の使い方を考えさせられる一冊でした。
今回は、講談社学術文庫から出ている三浦つとむさんの「日本語はどういう言語か」を紹介します。この本、一回読んだだけではどう紹介していいのかよくわからず、二回目を読み終えてのチャレンジです。おそらく、すんなり読めなかった原因は、第一に自分の頭の弱さ・足りなさにありますが、本の構成にも関係しているのではないでしょうか。というのも、この本では、筆者の考えをそのまま著した部分と、ほかの学者の考えを引用して賛同したり批判したりする部分とがあって、後者の比率がけっして少なくないのです。このため、たとえば第一部で、言語とは何かを知りたくて読んでいる最中に、レーニンの言語学は間違っているとか、モンタアジュ論や言語道具説は正しくないとかを主張されても、自分などは「はぁ…そうですか」とひいてしまいます。また「言語の特徴」の項で、筆者は言語の基本を「対象-認識-表現」としていますが、これは国語学者・時枝誠記氏の著者「国語学原論」にある「言語は、特定個物を、一般化して表現する過程である」という箇所の引用をもとに主張していて、なぜそう考えるのがよいかということについては筆者の言葉で詳しく書かれていません。
このように、この本のどの部分が筆者の考えで、どの部分が受け売りなのかがわかりにくく、なんとなく鼻につく印象をもちました。とはいえ、映画や絵画と比較した言語の考察や、主体的表現と客体的表現の組み合わせによる日本語の構造解析、時制と日本語など、面白く読めた箇所もかなり多かったので、やはり最終的には自分の力不足を痛感させられた本だということになるのでしょう。
今回は、ジョージ・マクドナルド作「リリス」を紹介します。
~大学での勉強を終えた「わたし」は、久しぶりに古い屋敷に帰ってきた。幼いころに両親を亡くしてから遺産相続のためにひと月ほど前に訪れるまで、この屋敷には一度も足を運ばなかった。「わたし」の家系は代々が本好きらしく、一階の大部分は図書室になっている。古い貴重な蔵書も多くあり、大きな部屋で本を読みふけっていると、ふと、遠くの書棚に手をのばす老人の姿が見えた気がした。気になって召使に尋ねたところ、この屋敷にはレーブン氏という昔の司書の亡霊が出るようだ。はたして数日後また老司書らしき影を見た。その黒い影を追って二階から屋根裏へと上がり小さな明るい部屋についたが、そこには彼の姿はなかった。その部屋にある姿見を見ると、不思議なことに「わたし」の姿も部屋も映ってはおらず、目の前に見渡すかぎりの原野が広がっていた。鏡の中をよく見ようと前に進むと、大きな鴉が跳びだし、鏡の縁かなにかに足を取られた。気がつくと「わたし」は、家一つ見えない原野にいた。~
このあと主人公の「わたし」は、いったんは元の世界に戻ったものの、ふたたび鏡の中の世界に入り込んで、レーブン氏をはじめ、かわいらしい小人や彼らのお母さん役ローナ、悲しみの貴婦人マーラ、女王、白い雌豹などと出会いながら奇妙な冒険を続けます。
作者のG・マクドナルドは、あの「不思議の国のアリス」を著したルイス・キャロルにも大きな影響をあたえた幻想小説作家で、本作は元祖ファンタジーといったところでしょうか。脈絡のない展開と突飛な発想は、まさに夢の中の出来事です。古典の引用もあり、宗教的なメッセージも色濃く、なかなか読みごたえがありました。
今回は、奥田英朗さんの「イン・ザ・プール」と「空中ブランコ」。これら二つの作品は、いずれも精神科医・伊良部が主人公の短編集なので、まとめて紹介します。
~伊良部総合病院の地下にある神経科を訪ねた者たちは、でっぷりとした巨躯の精神科医・伊良部一郎が発する「いらっしゃーい」という甲高い声に迎えられ、胸元をはだけ太ももを露わにした肉感的な若い看護婦・マユミちゃんによる注射を受けなければならない。編集マン、コンパニオン、高校生、商社マン、ルポライター、サーカス団員、やくざ、医師、プロ野球選手、女流作家といった、さまざまな立場の者たちが抱える悩みを、伊良部は、あてずっぽうなのか、それとも確信犯なのか、まるで子どものような恐れを知らない奇抜な行動で患者に接し、いつの間にか患者の病のもとになっているしこりをほぐしていく。はたして伊良部は、やぶ医者か、それとも名医か~
医学界に大きな影響力のある医者の御曹司で、あまり忙しくない精神科をあてがわれ、派手なポルシェを乗り回し、たまにくる患者には遊ぶように接する。とかくストレスの多い現代社会にあって、こんな好き放題の彼がうらやましい反面、二つの作品を通して読むと彼のおかれた孤独な立場がちらちらと垣間見えて哀しい気分にもなりました。人間関係が心の病のもととはいえ、それを断つのは孤独を生みます。人と人、ときには面倒に感じても、うまく付き合っていくしかないのでしょうね。
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